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津地方裁判所 昭和30年(ワ)80号 判決

原告 杉浦堯

被告 三重県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十年六月二日津地方法務局に弁済供託した金二百五十七万九千円(同庁昭和三十年金第一四三号)の弁済受領権者が原告であることを確認する。被告は原告に対し右供託金の供託書を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張(請求の原因)

一、原告は昭和三十年一月二十四日訴外南海建設株式会社の被告に対する工事請負金債権金二百五十七万九千円につき東京地方裁判所より同庁昭和三十年(ル)第六〇号(ヲ)第一二八号を以て債権差押及び転付命令を得、右正本は同年一月二十六日第三債務者たる被告に同年一月二十七日債務者たる右訴外会社にそれぞれ送達された。

二、しかるに被告は右債権差押及び転付命令正本の送達を受けた同日同時刻に右同一債権につき右訴外会社の他の債権者である訴外株式会社福岡銀行からの債権差押及び転付命令正本(東京地方裁判所昭和三十年(ル)第六四号(ヲ)第一三四号)の送達を受けたので真の債権者を確知できないものとして昭和三十年六月二日民法第四百九十四条に従い津地方法務局に右金二百五十七万九千円を弁済供託し原告にその旨の通知をした。

三、しかしながら、すでに転付命令が出されている債権について重ねて転付命令を出すことができないことは民事訴訟法第六百一条の法意に照し明らかであつて、後から出された転付命令は実質上効力を有しないものであるところ、第三債務者に対し二つの転付命令が同時に送達された場合、これらを共に無効とすべきではなく、鉄道、郵便等の機関の都合により第三債務者に対し同時に配達されることがあり得るのであるから、かかる場合には第三債務者に対する送達以外の手続の先後によつて転付命令の効力を決定するのが条理に合するのである。このことは民事訴訟法第六百条第六百一条が同法第五百九十八条第三項を準用していないことからみて、転付命令は必ずしも正本の送達によつてのみその効力を発生するものではないと解せられるからである。又同法第六百二十条第二項が転付命令があつた後は配当要求を為し得ない旨規定していることからみて、後の転付命令は配当要求としての効力もないと解すべきである。しかるに本件の場合原告は訴外福岡銀行よりも先に債権差押及び転付命令を得たものであり、且つ債務者である訴外南海建設株式会社に対する右命令正本の送達も原告の方が先に為されているのであるから、訴外福岡銀行の転付命令は無効であり、原告の転付命令のみが有効というべきであるから本件工事代金債権金二百五十七万九千円は原告に有効に転付せられたものであり、従つて被告は右金員を原告に支払うべきである。

よつて、被告が弁済供託した前記供託金の弁済受領権者が原告であることの確認と、被告に対しその供託書の引渡を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁

被告は訴外南海建設株式会社に対し原告主張の金二百五十七万九千円の債務を負つていたところ、右訴外会社の右債権につき被告を第三債務者とする原告主張のような二個の差押及び転付命令が昭和三十年一月二十六日同時刻に送達せられたため、いずれの債権者が右転付金を受領すべき権利があるか確知し得ず、よつて民法第四百九十四条に基いて津地方法務局に右債務額の弁済供託をしたものである。

理由

訴外南海建設株式会社が被告に対し原告主張のような工事請負代金二百五十七万九千円の債権を有していたこと、右債権につき原告が東京地方裁判所より同庁昭和三十年(ル)第六〇号(ヲ)第一二八号を以て債権差押及び転付命令を得、右命令正本が同年一月二十六日第三債務者たる被告に送達せられたこと、右同日の同時刻に右債権につき訴外福岡銀行を債権者とする債権差押及び転付命令(東京地方裁判所昭和三十年(ル)第六四号(ヲ)第一三四号)が第三債務者である被告に送達せられたことはいずれも当事者間に争いがない。

よつて案ずるに、債権転付命令はそれが第三債務者及び債務者に送達されることにより債務者に属する債権をその券面額で差押債権者に移転し、債務者は債務の弁済を為したものとみなされるのであるから、当該債権者は転付命令を得ることにより他の債権者を排除して優先弁済を受けたことになるのである。従つて同一被差押債権に対し差押が競合する場合には各差押債権者はその請求債権に応じ平等の割合で弁済を受ける権利を有するにかかわらず(配当要求と同一の効力)、これに対し一人の債権者のために転付命令を発するときは、その債権者のみが優先弁済を受けることになり、わが民事訴訟法の平等主義の建前に反することになる。従つて同一債権に対して差押が競合する場合に発せられた転付命令は無効というべきである。

しかして、債権差押の効力が生ずるのは第三債務者に差押命令が送達せられた時であることは民事訴訟法第五百九十八条第三項によつて明らかであるから、本件の場合においても前記二個の差押命令が第三債務者である被告に同時に送達せられている以上、右二個の差押命令は同時に効力を生じたわけである。従つて右差押命令と同時に送達せられた前記二個の転付命令はいずれも差押の競合する債権に対する転付命令として無効と解すべきものである。

原告は債権差押並びに転付命令が競合する場合には該命令発令の前後によりその優劣を決すべきものであると主張するが、我が民事訴訟法上かかる解釈を認むべき根拠はない。また原告は自己の得た債権差押並びに転付命令が訴外福岡銀行の得た債権差押並びに転付命令よりも早く債務者である訴外南海建設株式会社に送達せられたから、自己の転付命令が優先すると主張するが、債権差押が効力を生ずるのは前述のごとく第三債務者に債権差押命令が送達せられたときである。このことは債権差押命令が債務者に送達せられた時が、該命令が第三債務者に送達せられた時よりも前であつても後であつても何等異るところはない。従つて第三債務者に送達せられる以前に債務者に対し債権差押並びに転付命令が送達せられても、その時には未だ差押の効力が生じていないから転付命令はその効力を生ずるに由なく、その後第三債務者に右命令が送達せられた時、初めて転付命令の効力が生ずるものであることは民事訴訟法第六百一条第五百九十八条第二項によつて明らかである。しからば数個の債権差押並びに転付命令が同時に第三債務者に送達せられた場合には同時に債権差押の効力が発生するのであるから、その差押競合と同時に(予め債務者に送達せられてもやはり同時となること前述のとおり)効力を発生した転付命令は前述の平等主義の原則によりいずれも無効に帰すべきものである。また数個の債権差押並びに転付命令が同時に第三債務者に送達せられた後、債務者に対し時を異にして送達せられた場合においても、既に債権差押競合の効果が生じている以上、債務者に対する該命令の送達の前後にかかわらずいずれの転付命令も無効であつて、先に債務者に送達せられた転付命令が優先的効力を取得するということもあり得ない。しからば原告の債務者に対する送達の前後によつて債権差押並びに転付命令の効力を決定するという理論も到底これを採用し得ない。

しからば原告主張の転付命令は無効であるというべく、従つてこれが有効であることを前提とする原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 田中良二 西川豊長)

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